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FEATURE#22「ブルガリアからの相撲大使。」大関昇進から2年半、2008年夏場所で初優勝!日本とヨーロッパを繋ぐ、微笑みの貴公子。 琴欧洲 / 大関

プロフィール

琴欧洲勝紀(ことおうしゅう かつのり)
1983年2月19日生まれ、ブルガリア・ヴェリコ・タルノヴォ出身。佐渡ヶ嶽部屋(東京都松戸市)所属の現役大相撲力士。本名はカロヤン・ステファノフ・マハリャノフ。身長202cm、体重155kg、握力120kg。レスリングでオリンピックをめざすが130kg級消滅で断念、2002年に来日。長身と懐の深さ、抜群の格闘技センスで番付を一気に駆け上がり、初土俵から所要11場所で入幕。
2005年11月入門からわずか19場所で大関に昇進するという異例のスピード出世を遂げる。長身と端正な顔立ちで、各界きっての人気者に。ブルガリア相撲連盟名誉会員。2008年夏場所にて初優勝。

イントロダクション

202cmの長身に、柔和な笑顔と物腰。琴欧洲の行くところ人の輪と声援が途切れることはない。その人気ぶりをより一層熱く沸かせ、確かなものにしたのが、2008年5月の大相撲夏場所。14日目に関脇安馬を送り倒し、13勝1敗で初優勝を決めた瞬間だった。初土俵から5年半、外国人力士としては7人目、史上7度目のかど番場所での優勝であり、欧州出身力士として初の幕内最高優勝の快挙を成し遂げた琴欧洲関。大関昇進後の長いスランプを振り払うかのような渾身の活躍ぶりに、ファンも「次は綱取り」と期待満々!最愛の家族が暮らす遠い故国ブルガリアにも錦を飾った、25歳の若きヒーローの真摯な横顔に迫る。

抽選でプレゼント!!2008年9月8日(月)〜2008年9月29日(月)12時受付分まで
前編
後編
前編
日本の伝統的な“国技”に挑む、青い瞳の奥の闘志。

言葉も文化も習慣も違う異国の地に来て、伝統を積み重ねて来た特殊なしきたりの中に飛び込んで「グランドチャンピオン=横綱」をめざすということは、並大抵の苦労ではない。大きな体で大きな夢を掴むべく、日本人力士以上に研鑽を積む人一倍ひたむきな背中には、角界の貴公子たる品格以上に、一歩も退かぬ“勝ち気”がみなぎっている。初優勝を手にし、いよいよ最高峰へと挑むヨーロッバ出身人気大関の研鑽の軌跡。

レスリングでの金メダルを諦め、いざ日本へ。

生まれた時から体が大きく、同学年の子どもたちと比べても特に目を引く存在だったカロヤン少年。小学生の頃レスリングと出会い、16歳でジュニアのブルガリア代表に。スポーツ専門の名門校に進むと、さらにずば抜けた強さを発揮し、オリンピックでメダルを期待されるほどの存在となった。その快進撃を止めたのが、男子レスリングの体重別規定の見直し。 「体重制限が変わって、レスリングを続けるなら一生ダイエットし続けなくちゃいけなくなった。それはムリと諦めたよ。最初に日本に来る時は、相撲の世界は一生好きなだけ食べられるぞって言われて(笑)。でも、まさか日本に来て自分が力士になるなんて、全然考えてなかったよ!とにかく、相撲のことなんて何も知らなかった。しきたりとかも知らない状態で部屋に入ったね」。

外国から来た力士は皆同じ、「1人でがんばる」。

今や幕内力士の4人に1人が外国人という角界だが、外国人力士は原則1部屋1人と決められている。佐渡ヶ嶽部屋に単身飛び込んだものの、言葉も習慣も何もわからない、食べ物も口に合わない。故郷のブルガリアに帰りたいと何度思ったか。でも、琴欧洲関には帰れない理由があった。交通事故で大ケガをして働けなくなった父のためにも、1日も早く幕内入りして仕送りできるようにならなくては、と踏ん張った。「部屋に自分以外に外国人の先輩がいるわけじゃないし、アドバイスなんて受けないよ。みんなそうじゃないですか、みんな1人でがんばる。いくらアドバイスがあっても自分自身でがんばって乗り越えていくしかないよ!どこまでガマンができるかが勝負、できなければ帰る。でも、自分は家族を助けなくてはならなかったから」。

先代親方の遺志を刻み、現親方の胸を借りて成長。

“異例のスピード出世”と言われた大関昇進だったが、その翌年の2006年は、右ひざ、右足首を痛めるなどの不調もあり、成績がふるわず苦しんだ。四股名も琴欧州から“琴欧洲”に改名して再起をかけるが、結局優勝争いに加わる結果を出すには至らなかった。周囲からも「プレッシャーに弱い」と精神面を指摘されるなど、相撲人生で最初の挫折を体験ー。佐渡ヶ嶽部屋の先代親方(元横綱・琴櫻傑將)も、彼の復活を気にかけたまま2007年8月逝去した。それから1年も経たずして、見事13勝1敗で初優勝を手にした。 「先代や今の親方に言われて来たことに、やっと自分で気がついて結果に繋げることができた。とにかく、親方の細かい指導をちゃんと聞いて、ひとつひとつ場所ごとに自分の相撲をしっかりとれば、結果に繋がると思っていた。勝つごとにプレッシャーがなくなり、気がついたら連勝していた」。

初優勝をいちばん喜んでくれた、家族とファンのために。

長かったスランプから一転、手応えのある“勝ち”を噛みしめるように星を重ね、大杯を手にした夏場所。升席で立ち上がって拍手を贈る父の姿も、大きな喜びとなった。続く7月場所では9勝6敗での勝ち越し。優勝と言う貴重な経験を経て、いよいよ待ち構える大きな目標が25歳の大関の意欲をさらに駆り立てる。
「優勝は、やっぱり最高!お父さんもお兄さんも来て喜んでくれたしね。優勝できたのは、ずっと応援してくれた家族や皆さんのおかげです。ファンの皆さんに本当に感謝しています。優勝できるかできないかで大きく違う。そのプレッシャーに負けないよう、また優勝を重ねていきたい。勝とう勝とうと考えて堅くなってしまっては勝てない。優勝後最初の先場所では、勝負の勝ち負けより、いい相撲をとることが結果に繋がるということに気づきました」。

自分の相撲の結果が、日本と世界を結ぶ架け橋に。

“琴欧洲”という四股名で大活躍するこのブルガリア出身の若い力士に、故郷だけでなくEU諸国も熱い注目と賞讃を注いでいる。2006年にはEUより12カ国を表す星のデザインをベースにした化粧まわしも贈られている。全勝には星が3つ足りないが、“残りは自分の力で勝ち取る”として受け取った大関。その前向きで真摯な姿勢が世界中のファンをも魅了し、相撲の魅力を広く伝える親善大使の役割も果たしている。
「相撲界のベッカムと呼ばれても、自分には関係ない。自分は自分。琴欧洲として、自分の相撲の結果がヨーロッパと日本の間の友好に繋がり、いい関係が生まれていってくれれば嬉しいですね。相撲は世界に広まってきているので、十分その役割を果たせると思う。自分のその橋渡しをしていきたいね」。

ブルガリアと聞いてヨーグルトしか思い浮かばなかったのは、もう過去の話。私たち日本人の間にも、魅力的なスマイルで強い関取として活躍する「琴欧洲」の存在と、彼の健闘に贈られた化粧まわしやカップを彩る美しい薔薇が、ブルガリアのシンボルとして新たに刻まれた。土俵を降りれば、25歳のシャイで屈託のないひとりの青年。まだまだ尽きないそのチャームポイントを、後編ではインタビューで紹介します。

前編
後編

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